로그인ほんの僅か、白髪の交ざる髪を乱して、ついでに衣服もヨレヨレというものすごい外見で、お父様が素早く部屋の中を見渡し――。
やがてその視線は私と、私の膝でくつろいでいるローエンマイン様の姿を確認した。途端、音が聞こえるんじゃないかという勢いで、お父様の顔色が真っ青になった。「なんということだ……。いや、まさか、そんな……」
「お父様、どうなさったのですか?」手で顔を覆い、がっくりと肩を落としたお父様の姿に、嫌な予感がする。
(ただでさえ、ローエンマイン様から契約を迫られて困ってるっていうのに……また何か、厄介ごとでも起きたっていうの?)
あまりにもショックを受けたお父様の姿に、お母様が立ち上がり、そっと寄り添った。
「……あなた。何がありましたの?」
「……ああ。そうだな。すぐに出発しないといけないんだ」 「まぁ、どちらへ?」多少冷静さを取り戻したらしいお父様が、お母様の手を握り、やっと顔を上げる。
その表情はとても、困り切っているように見えた。「説明は馬車の中でするから。ジュリエッタ、すぐに出掛ける準備を。……その、『膝の上の御方』も、お連れしなさい」
……どうやら、私の悪い予感は的中したようだった。
お父様が、何か話を聞く前に、私の膝の上のローエンマイン様を、『膝の上の御方』と呼んだ。それだけで十分だ。「わかりました。すぐに王宮へ向かう準備を致します」
そう返事をして、ローエンマイン様を抱えて早足で自室へ戻る。
身支度を調えて屋敷からでると、玄関口には既に、正装に着替えたお父様とお兄様たちが揃っていた。お母様は、屋敷に残るらしい。 見送り際、お母様は私をぎゅ、と抱きしめて、ローエンマイン様にはそっと頭を下げた。「神獣様。娘を、どうかよろしくお願いいたします」
「案ずるな。ジュリエッタのことは、必ず守る」馬車はいつもより速い速度で、王宮へと走りだした。私の隣にお父様が座り、向かいにはお兄様たちが座っている。
いつもより少しガタガタと揺れる車内で、お父様がひとつ、咳払いをした。「今朝早く、神殿にて神託が下ったと報告がなされた」
神託――。その言葉に、どきりと心臓が跳ねる。
お父様は、私の膝の上で丸くなるローエンマイン様へ視線を落としながら、話を続けた。「神託の内容は、神が神獣を遣わした、というものだった。しかし神官たちが確認しても、聖女殿のところにそれらしき存在はいない。そこで、陛下が急ぎ、聖女殿へと話を聞いたところ……。ジュリエッタ、お前が、聖女殿から黒猫を奪い取った、という話をされたらしい」
「な――」 (黒猫を、『奪い取った』ですって?)あんまりにもあんまりな言葉に、絶句してしまう。
たまたま通りがかった私に、傷だらけのローエンマイン様を無理矢理押しつけて……獣くさいだの、助けるのは絶対に嫌だの……挙げ句、死んだら私のせいだとまで言っていた、あの彼女が。 言葉を失った私の様子を見て、お父様は眉間を押さえながら軽く頭を振った。「……安心なさい。私は、……少なくとも私は、ジュリエッタがそんなことをしたとは思っていない」
「お父様……」 「父上!そうですよ、リーエはそんなことをする子じゃありません!」向かい側で、アルト兄様が怒ってそう叫んでいる。横のウォルター兄様も、もげそうな程に頭をぶんぶん振っていた。
「わかってる。だがな、聖女がそう言っている以上――そして、お前の元にその黒猫がいるという事実がある以上、陛下の元へ行って、御前で事実を明らかにせねばならない。でなければ、ジュリエッタが罪を負ってしまう」
「大丈夫です。理解できております、お父様」私は静かに、深呼吸を繰り返した。
寄りにも寄って、そんな言い方をしたなんて……アリサは本当に、何を考えているのだろうか。 神官たちに問いかけられて、自分がローエンマイン様を見捨てようとしたことがばれるとでも思ってのことだったのだろうか。「……貴方が、ジュリエッタの父君なのだな」
それまで黙ったまま話を聞くばかりだったローエンマイン様が、やっと口を開いた。
その声に、お父様は静かに瞠目し……すぐにそっと、頭を下げた。「やはり貴方様が、神獣殿であられたか」
「気楽にしてくれ。俺は確かに神獣だが、ジュリエッタに命を救われた身だ」 「娘に命を、ですか?」 「ああ。……不愉快だが、その聖女という娘が話した内容は嘘だ。俺が王の前で説明すれば、ジュリエッタは疑いを掛けられず済むということだな?」 「はい。どうか、娘の為にもご協力頂ければ……」 「任せておけ父君。ジュリエッタのことは、俺が守ろう」 「ありがとうございます。神獣殿」 「ローエンマイン様……」小さな子猫の姿の筈なのに、私の膝の上で凜と座り姿を見せる彼は、神獣にふさわしい威厳を溢れさせている。
それに……どういう訳か、彼を助けた昨日に比べて、一回り大きくなったような気もする。 美しい座り姿のローエンマイン様は、くるりと顔を振り向かせて溜め息を吐いた。「ジュリエッタ。俺のことはロロで良いと何度も言っているだろう」
「恐れ多いですと、何度もお答えしておりますが」 「これから敵地に赴くのだから、我らが親密だということを、見せつけなくてはいけない。わかるな?」そこまで言われてしまっては、断れないではないか。
確かにこの後、王陛下の前でなされる話合いによっては、私は聖女に無礼を働いたとして罪に問われてしまう……。聖女に無礼を働き、神獣を奪い取った等、極刑やお家取り潰しになっても可笑しくないほどの大罪だ。 それを回避するため、ということならば……仕方がない。「……わかりました。ロロ様」
「様をつけるな」 「本気ですか?」 「ああ。俺はただロロと、そう呼んで欲しいのだ」じっと見つめた青い瞳は、吸い込まれそうなほど美しい色をしている。
私はすぐに観念して、目を閉じた。「わかりました。ロロ」
「ん、それでいい。俺も、お前の兄君たちに倣って、リーエと呼ばせてもらおう」ロロは、満足そうに笑顔を浮かべていた。
ユロメアの屋敷から王宮までは、そう離れてはいない。 馬車はその後すぐに王宮の外門をくぐり、綺麗に舗装され花々が美しい前庭へと到着した。 馬車が停まると、先に下りたお兄様たちが両脇から手を差し伸べてくれる。 ちゃっかりとバランス良く私の肩へ乗ったロロを、落とさないよう注意しながらゆっくりと馬車を降りる。 出迎えた王宮の騎士が、最後に馬車を降りたお父様に、見本のような敬礼をした。「お待ち申し上げておりました、ユロメア公爵様!並びにご子息、ご息女様。陛下がお待ちです。どうぞ、こちらへ――」
彼が正面の豪奢な扉へと、私たちを導こうとした、その時。
先に玄関口から外へと飛び出してきたのは、白いドレスに黒いストレートの髪をなびかせた女性……聖女アリサだった。 飛び出してきた彼女に、驚いて止まる私たち。 それを確認してアリサは、ぶわっと唐突に、その場に崩れ落ちて泣き出した。「えぇ……」
「……(嘘だろ)」 「……ウォルター兄様、心の声が聞こえてますわ」隣で兄二人が、ドン引きしている。無理もない。
きちんと淑女教育を受けた令嬢ならば、こんな人前でわんわん大声で泣き散らすことも、挨拶もなしに地べたに座り込むこともありえない。 遅れてやってきた侍女たちは、聖女の世話を任されている人たちだろうか。「アリサ様……!」
「聖女様!お立ちくださいませ!こんな所で……」 「うわあああああん!!!」おろおろする侍女たちの話を聞こうともせず、アリサはわんわん泣きわめく。
そして彼女は、こちらを指差して更に大声で喚いた。「酷いです……っ!本当に、酷いわ、ジュリエッタさん……!私の大切な猫ちゃんを、連れてっちゃうなんてぇ!」
「……はぁ?」おっといけない。素が出てしまいそうになりましたわ。
慌てて口元を押さえて、んんっと小さく咳払いする。……幸い、彼女が大声で騒ぎ立ててくれているお陰で、私の淑女らしからぬ反応は、誰の耳にも届かなかったらしい。 大きな目を涙でいっぱいにして、アリサはひっく、としゃくり上げた。「お願い、ジュリエッタさん……!私の猫ちゃんを、返して!」
「おやめください、聖女様!これから陛下が、ちゃんとお話を聞いてくださいますから……!」宥めようとする侍女さんたちが、可哀想になるほどの泣きっぷりだ。
どうやら、王宮に着いたこの瞬間から、茶番が始まっていたようだった。ガゼボでの婚約宣言直後、私は大忙しになった。 宰相である父と、あの場に集まっていた皆全員で謁見の間へと戻り、国王陛下と王妃殿下へと報告をしたのだが……お二人はあまりにも喜んで泣き出してしまい、もの凄く焦った。 叔母様の元へ永住するつもりで荷造りしていた私の荷物は、謁見の間であたふたしている内に、ちゃっかりと第一王子の宮殿へと運び込まれていて、この日からもう、私は王宮で暮らすことになった。 レイからの強い希望なのが一番だったが……嬉し涙が止まらなくなってしまった王妃殿下に縋られたら、さすがの父も否とは言えなかったようだ。 急遽開かれた王室の晩餐会には、屋敷に残ったままだった母も招待された。 母は微かに目を潤ませながらも、私の手を取って微笑んでくれた。「殿下を大切にするのよ。貴女のために、こうして貴女が幸せになれる選択ができるようにしてくれた、彼の愛に感謝する気持ちを、忘れないようにね」 「はい、お母様」 「まぁ……もしも万が一、貴女を悲しませるようなことを彼がするようだったら。いつでも私に相談しにいらっしゃい。王妃殿下と私は、いつでも貴女の味方ですからね」 扇で隠した口元で、優雅にさらりと頼もしいことを言う母に、つい笑ってしまった。 マーサは侍女として一緒に王城に残ることになり、寂しがって私から離れようとしない、困った兄ふたりは、母に引きずられて屋敷へと帰っていった。 私に用意されたのは、調度品も華やかで、公爵家よりも豪華な、王子妃のための部屋だ。 隣にはレイの部屋があり、廊下に出ずとも行き来できるように、内扉がついている。「正式な婚約発表をするまでは、絶対に使わないから安心して」 レイはそう言って、扉の鍵を私に預けてくれたので、この夜は、大きな豹くらいのサイズのロロを抱き枕にして、ぐっすりと眠ることが出来た。 翌日には、叔母様の屋敷にいるはずのナナリーが私の下へとやってきて、とても驚いた。 なんとレイが、前もって呼び戻していたらしい。彼の用意周到ぶりに呆れながらも、ナナリーと再会できたことは嬉しかった。 私とレイの婚約
がばりと、私の方から腕を伸ばし、レイの身体をぎゅううと抱き締める。「――好きよ、レイ――貴方のことが、好きなの……!」 「リーエ……っ」 抱き締め返される力と、口にしてはいけない想いを口にした反動と……素直な気持ちをやっと口にできた安心感に、堰を切ったように涙が溢れた。 好きよ、と譫言のように呟きながら泣き続ける私を、レイはひたすらに抱き締めていてくれた。 ……どれくらい泣いていたのだろう。 ぐすぐすと微かに涙を引きずりながらもどうにか泣き止んだ私は、ぼんやりとした思考でレイの胸元に顔を寄せていた。 ガゼボの周囲、爽やかな風に揺れる、色とりどりの華々が眩しい。 黙ったままの私の髪を、レイが撫でてくれている。優しい手つきまでもが、私を好きだと言ってくれているようで、嬉しい反面、胸の痛みはまだ、続いていた。「……君が素直になってくれて、本当によかったよ」 レイが心底安堵したような溜め息を吐く。「君を迎え入れる為だけに、この数ヶ月苦労してきたんだ。倒れた君にも会いに行けず、方々走り回っていたというのに……。隣国になんて逃げられていたら、全てが水の泡だったよ」 「会いに来てくれなかった理由はわかりましたけど。迎え入れるためって、どういう意味なの?」 「言葉通りの意味さ。第一王子である僕の妃として、ジュリエッタ、君を王室に迎え入れる準備をしていたんだ」 「……レイ。貴方、大切なことを忘れているんじゃない? 私、貴方の弟に婚約破棄されてるのよ」 「そうだね」 なんでもないことのように相づちを打つ彼に、少しだけむっとする。(私がどれだけ悩んだか、わかってるのかしら?) 「弟の元婚約者を妃にするだなんて、民にも貴族にも反対されるわ。陛下たちだって……」 「そこは問題ないよ。父上も王妃殿下も、君のことをあんなにも気に入っているんだ。君が了承さえしてくれたら、反対する人なんていない」 「そんな簡単な話じゃないでしょう? 貴族や国民達にはどう説明するつもり?」 「それも、抜かりない
すぐに通された謁見の間は、人払いがされていた。 すぅ、と息を吸いこみ、腹部に力を入れ口を開く。「ジュリエッタ・ユロメア。両陛下へ出立のご挨拶に参りました」 「待っていたぞ、ジュリエッタ。顔を上げなさい」 さらりと広げていたスカートを放して、姿勢を正す。玉座に座る国王陛下と王妃殿下は、寂しさが滲む瞳でこちらを見下ろしていた。「その外出着……。本当に、国を出るつもりなのですね」 「はい、王妃殿下」 「本当に寂しくなるわ。……貴女はいずれ、王室に嫁いできてくれるものだと、そう思っていたから……ごめんなさい」 「そう泣くな。ジュリエッタが、国を離れづらくなってしまうだろう」 話しながら、はらはらと溢れる涙を拭う王妃殿下に、玉座を立った国王陛下が寄り添い、肩を抱いた。「かくいうわしも、本心としては引き留めたい気持ちでいっぱいだがな。ジュリエッタ以上に、国を任せられると思える令嬢はいないゆえ」 「……申し訳ございません。そのように仰って頂いて、とても光栄です」 再び深く頭を下げた私に、国王陛下は優しく頷いてくれた。「良い。そなたの事情についても、聞いておる。何より、そなた自身の意思を尊重したい。……新しい土地でも、元気で過ごすのだぞ」 「ありがとうございます。国王陛下。王妃殿下」 最後にもう一度、丁寧に礼をして、その場を退室する。 謁見室の扉が閉まりきる最後まで、国王陛下と王妃殿下は、寄り添いながら手を振ってくれていた。「それじゃあ……挨拶も済んだし、私は行きますね」 ここまでずっと付き添ってくれていた父に、声を掛ける。いつも疲れたような顔で、困ったように眉間に皺を寄せてばかりいる父は……今、いつも以上に眉間の皺を深くして、くしゃりと歪めた顔で私を見ていた。「ああ……そうだな。いつ、レイナルド殿下に気づかれるかわからない。早く行った方がいいだろう」 涙ぐむような声に、こちらまで涙腺が緩んでしまいそうだ。ふるふると頭を振って、精一杯の笑顔を返した。 気遣いを嬉し
そよそよと心地良い風が、窓際のカーテンを揺らす。 静かな昼下がり。膝の上で丸くなった子猫姿のロロを撫でながら、ジュリエッタは青空を眺めていた。 小さなノックの音と共に、マーサが顔を出した。「あらお嬢様!もうお支度済まされてしまったんですか?本日はお身体の調子は悪くありませんか?ご気分は……」 「マーサったら大袈裟ね。もう2週間も経つのに、まだそうやって心配ばかりして」 「まだ2週間ですよ。……そうです。まだ、2週間なんです……」 ぐす、と涙ぐむ声に、私は困ってしまう。「マーサ……」 「それなのに……お嬢様、本気なんですか?」 「ええ。もう、決めたことだから」 その声に、迷いの色は全くなかった。 マーサも、それ以上は何も言わず、静かに頭を下げる。「……お嬢様がそう決められたなら、私は従うまでです。たとえそれが、遠く離れた地であろうとも」 「……ありがとう」 マーサの深い愛情に、ほんの少し、うるっときてしまった。「ナナリーは、先に向こうに行っているのよね?」 「はい。お嬢様のことをローザマリー様へお伝えした後、そのままあちらでお嬢様のお迎え準備をしております」 私が隣国に行くと聞いて、いち早く動いたのはナナリーだった。 叔母様の元へ私の願いを伝える役目も買って出てくれて、彼女はもう一週間前から隣国の叔母様の屋敷に滞在してくれているらしい。『私はジュリエッタ様の侍女です!絶対にお連れください!』 泣くでもなく、真っ直ぐな瞳でこちらを見上げてきた彼女の芯の強さは、眩しい程だった。 別の使用人が持ち帰った叔母様からの返事には、ナナリーを褒める言葉がずらりと並んでいた。「早く行かなくちゃ。ナナリーが寂しがってしまうわ」 「そうですわね。……では、参りましょうか」 涙をこらえて、マーサと一緒に荷物の確認をした。 がらんと整理された部屋。荷造りされた数個のトランクと、遠出用の、いつもより豪華なドレス。 最後
それは不思議な感覚だった。 温かく優しい力が全身を包みこむ、心地良さ。先ほどまで痛んでいた身体のあちこちが、どんどんと治癒していく。(これが、女神様の神聖力……) たった一瞬だったけれど、女神の声が聞こえた。 次いで神聖力が身体に流れ込んできたと同時――女神の、強い願いも心へ届いていた。 頭がぼうっとする一方、私に宿った女神の意志が、私の身体を動かした。 持ち上げた腕を、さらりと横に払う。 自然な動作にも関わらず、神聖力がうねるように動き、たちまち私たちを閉じ込めていた小屋が豪快な音を立てて吹き飛んだ。「きゃあああああ!」 「なんだ⁈何が起きた……⁈」 頭を抱えて悲鳴を上げるアリサと、突然の事態にどよめく、小屋の周囲にいた男たち。「何、なになに!なんなの、何が起こってるのぉ…⁈」 「……アリサさん」 半泣きでうずくまる彼女へと一歩踏み出す。「女神様が、嘆いているわ。貴女が穢れてしまったと」 「は……?」 目を見開いたアリサさんは、突然ハッとしたように自身のうなじに手を当てた。じっとその部分を見つめると、先ほどから見えていた黒いもやは、そこが発生源だったのだとわかる。 どうすればいいのか、は、女神の意志が、直接身体へと伝えてくれた。 彼女のうなじへと伸ばした手は、アリサの手に叩き払われた。「触らないでよ!」 怯えたようにこちらを睨むアリサは、周囲の男たちへと喚く。「ちょっと!貴方たち、何突っ立ってるのよ……!早く!この女を止めて!近づけないで……ッ!」 小屋が弾け飛んだ衝撃で、あちこちに転がり呻いていた男達は、次々と起き上がりにじり寄ってこようとする。「――邪魔しないでくださる?」 睨みすえると、身体からぶわりと光の粒子が勢いよく広がり……その粒子の波に触れた大男たちは、波にのし掛かられるようにして、次々と地面へ押さえつけられていった。(これで、邪魔は入らない…) アリ
「……アリサさん。やっぱり貴女だったのね」 縛られた両手をついて、上体を起こす。月明かりを背に、聖女アリサはにっこりと笑っていた。「こんばんは、ジュリエッタさん。気分はいかが?」 愛らしい声で歌うように言って、アリサは手に持っていたランプを床に置く。彼女の背後にある扉の向こうには、鬱蒼と茂る夜色の木々たちと、松明を持った体格のいい男たちの姿が垣間見えた。 相手がアリサひとりだったなら、私の聖属性魔法でも逃げ出すことができたかもしれないが…見える範囲だけでも3人の男たちが、それぞれに斧や剣などの獲物を腰に下げている。さすがにこの人数を相手に、正面突破は難しそうだ。「まったく。貴女ってほんっとうにお人好しよねぇ。暗殺者を片っ端から返り討ちにしていたくせに、子供を使った途端にあっさりと捕まってくれちゃうなんて。どこまでいい人ぶるつもりなのかしら?外面ばっかり良くて、ほんっとうにムカつく」 「あの暗殺者たちも、貴女が仕向けていたのね?」 「私がっていうかあ、神殿がね? 特別な部隊だかなんだか知らないけれど、どいつもこいつも役立たずだったわ」 かび臭い部屋に不釣り合いな、夜色にきらきらと光るドレスが揺れる。 綺麗な黒髪に、黒のドレスを纏ったアリサは、聖女というよりも魔女のような、邪悪な美しさを見せていた。 ドレスの裾が汚れるのも構わず、私の前にしゃがみ込んだアリサ。彼女はクスクスと笑いながら、私のあごに指をかけると、顔を上向かせた。 歪んだ笑顔を、キッと睨み返す。「私ねぇ、ジュリエッタさん。貴女に死んでもらいたいの」 「お断りするわ。聖女であろうがなかろうが、誰かの死を願うなんて、許されることじゃないもの」 「許し? そんなもの関係ないって。私は貴女が嫌いで、大嫌いで、死んで欲しいの。ただそれだけだよ?」 まるで、なんでもないことのようにきょとん、と首を傾げて見せるアリサから、ふわりと甘い香りが漂った。「……?」 (なんだろう、この匂い……香水じゃない、なんだか、胸が悪くなるような……) 少ない月明かりの